ババヘラ

ババヘラ

ババヘラとは

ババヘラは、主に秋田県で露天販売されている氷菓の一種です。「ババヘラアイス」とも呼ばれ、また一部地域では「ババベラ」とも発音されます。販売員を務めているのが中年以上の女性(おばさん=ババ)であることが多く、盛り付ける際に金属製の「ヘラ」を用いるため、この名前がつきました。幹線道路のそばやイベント会場の近くでしばしば見られます。降雪期を除いた春から秋にかけて販売されますが、一般には夏場に多く出店され、夏の秋田の風物詩となっています。「ババヘラ」の呼称は、有限会社進藤冷菓により2002年に日本で登録商標(第4567995号)として新生・登録済みであり、児玉冷菓が2008年に「ババヘラアイス発祥の地 ババさんアイス 元祖 児玉冷菓」を登録商標(第4959166号)で登録済みです。杉重冷菓は「杉重冷菓のババヘラアイスパラソル」を登録商標(第5398371号)で登録済みです。他にも複数の業者が同様の形態で氷菓の販売を行っており、それらも総称して一般に「ババヘラ」と呼ばれています。

製法

業者によって異なりますが、ババヘラは概ね以下の原料から作られています。

  • 脱脂粉乳
  • ソフトミックスパウダー
  • 乳糖・砂糖・甘味料(スクラロース)
  • 食塩
  • 香料
  • 着色料
  • 安定剤(増粘多糖類)

脱脂粉乳の量を増やすとアイスクリームに近いまろやかな舌触りになり、減らすとかき氷に近い爽やかな舌触りになります。季節や加工商品毎に配合を変えるなどの工夫がされています。進藤冷菓では、機械から出来上がってきたアイスを金属バットで突き、空気を抜いて食感にシャキシャキ感を出すと言う工夫を考案しました。金属バットを使用するのは、空気を抜く作業の際丁度いい重さであるためなのだそうです。そのほかの食品で使われている道具などでも試してみましたが、シャキシャキ感がでないということで現在に至っています。

ババヘラの販売

道路脇に立てられたビーチパラソルを日陰にして腰かけた販売員が、頬かむりに長袖シャツという出で立ちで、ドラム缶やミルク缶状のステンレス製保冷缶にアイスを収め、それを前に置いて販売しています。客から注文を受けると、販売員は保冷缶の蓋をあけ、ヘラを使ってコーンにアイスを盛ります。缶の中にはバナナ味とイチゴ味の2種類が収められており、それらを交互に盛り付けます。通常の盛り方は至って素朴なものですが、まれに「バラ盛り」(花のバラのように盛る技能)などの飾り盛りを巧みに行う「名人のおばさん」も存在します。路上販売の延長で、道の駅や秋田自動車道のサービスエリア、スーパーマーケットの駐車場などへ出店するケース、学校の運動会などイベントに出店するケース、道具一式を積み込んだ台車やプラスチックケースに入ったアイスを持ち運び戸別訪問販売を行うケース(家家駆け、ややがけ)もあります。また、業者に直接発注することも可能で、1缶単位などでレンタルできます。アイスキャンデーに加工したもの、モナカに詰めたもの、道具一式も付属させて家族で楽しめるようにした「ババヘラセット」など新商品も現れ始めています。

ババヘラのおばさん達

頬かむりに長袖シャツという姿は農作業の服装そのままであり、農家の女性を農閑期の副業として雇い販売したことに由来しています。日射しに備えた農作業向けの服装は、長時間にわたり屋外での販売に従事する場合に都合が良いという面もありますが、現在では「ババヘラ」のユニフォームのような存在にもなっています。21世紀に入ってからは、アイスの色に合せた黄色とピンクのエプロン・三角巾など専用のユニフォームを用いる販売員も現れています。販売員である「おばさん」たちは、早朝6時半前後の時間帯に専用の送迎車へ数人単位で乗り込み、天気予報やイベント情報に基づいて作られた販売箇所(秋田県内ならびに隣県の幹線道路脇の駐車スペースなど)へ販売機材とともに送迎されます。通常、日没までには販売を終了し、送迎車で撤収します。2004年時点で製造販売業者は6社あり、販売員は約170人いました。平均年齢は70歳を超えており、中には85歳の販売員もいるそうです。40代から50代の「若手」販売員も少なからずいますが、主力は高齢者であり、呼び名の通りの状況になっています。但しイベント時などにアルバイトを雇うこともあります。高校生など若い女性が売る場合は「ギャルヘラ」または「ネネヘラ」、それより年かさですがおばさんと呼ぶには若い女性(20代~30代)が売る場合は「アネヘラ」とも呼ばれます。男性が売る場合もあり、その時は「ジジヘラ」「オドヘラ」「アニヘラ」とよばれますが、これは男子高校生のアルバイトや販売員を送迎する運転手が販売を手伝っているケースが多いです。当初は「ババ」という言葉が侮蔑的な意味合いを含んでいたため、客が販売員に面と向かって言うことはなく、不用意に口にしたために販売員とトラブルになることもありました。もちろん業者や販売員が自らそう名乗ることもありませんでした。しかし、商標登録をきっかけに業者や当の「おばさん」たちも堂々と自称するようになったそうです。缶の表面に巻いてある垂れ幕での表記は今も統一されておらず、路上での販売を多少なりとも正当化した「交通安全アイス」、郷土色を出した「ふるさとアイス」、パラソルに因んだ「パラソルアイス」など様々なものがあります。「ババヘラ・アイス」の商標を持つ進藤冷菓の場合、パラソルは飲料メーカーの提供で、「ババヘラ・アイス」と表記した専用の帯を使っています。

ババヘラの歴史

一説では、1948年に児玉冷菓創業者の児玉正吉が、冷凍機を導入してアイスキャンデー屋を開業し、「悪くなる前に売り切る術に長けている」魚屋に委託して行商を始めたのが起源とされています。1958年に発砲スチロールを断熱材として使った保冷装置を開発し、数年後には現在と同様の保冷缶形態になり、1日を通じての路上販売が可能になりました。保冷缶には「秋田名物・元祖アイスクリーム」(現在は「ババさんアイス」)と表記した幕を張っており、また公式ホームページにも「児玉冷菓が元祖です」と公表していますが、今の販売スタイルを確立したのはどこが最初なのかは定かではありません。初期のアイスの色は白一色だったのですが、1959年頃に黄色一食に、1969年頃から現在の黄色(バナナ味)とピンク(イチゴ味)のスタイルになりました。道路沿いで販売され始めたのは、モータリゼーションが進行した1974年頃、国道7号沿線からと言われています。公道上での販売を咎めた警官から「せめて交通安全の幟でも立てていてくれれば」と言われたことをきっかけに「交通安全アイス」などの掲示を行うようになったのだそうです。一般からババヘラと呼ばれるようになったのは1979年頃で、当時の高校生の間から生まれた呼び方という説や、秋田県内を案内していた観光バスのバスガイドが乗客の質問にとっさに答えたのが始まりという説などがあり、真相は不明ですが、自然発生的な呼称であると考えられます。2005年7月8日から9月5日まで大阪市港区の天保山マーケットプレースで開催された「天保山アイス博覧会」では、7月8日から10日まで特別出店し、売り上げ1位を記録しました。2009年4月1日の食品衛生法施行令改正で露天販売の規制が緩められたことにより、ババヘラは「喫茶店営業(露天)」の要件を満たせるようになったため、従来は秋田県が特例的に扱ってきたところを、正式に営業許可を取得して販売を行えるようになりました。但し路上販売については、道路法上の占有許可を得ずに違法な販売を行っている業者もおり、しばしば問題になっています。

商標登録
進藤冷菓が「ババヘラ」の商標登録に踏み切ったきっかけは、菓子メーカーのロッテから名称の使用を巡って問い合わせがあったためだそうです。ロッテで「あなたが噛みたいガムの味」を募集したところ「ババヘラ味」の応募があったためだといいますが、この時点で商標登録はどこも行っておらず、進藤冷菓でも名称には無頓着でした。しかし、この一件で大手メーカーに商標登録されると地元メーカーが「ババヘラ」の名称を使えなくなるとの危機感が生まれ、先んじて商標登録することとなりました。しかし、それ以降は同業他社が一切「ババヘラ」と表記できなくなり、事情を知らない人から「ババヘラの偽物」とみられたり、通信販売などへ販路を拡大しようにも著名な「ババヘラ」の名を使えないなど、問題となりました。企業によって作られた名称ではなく自然発生的に生まれた言葉が一企業によって独占されることをよく思っていない秋田県民もいるようです。しかし近年、「ババヘラアイス」の名称を使ったテレビ広告を進藤冷菓以外の業者も流すようになったため、業者間で商標の利用に何等かの合意が出来た可能性もあります。

アイスクリームとは

色んなアイス

高級アイス

たべたいな!大好きアイス!